-月刊EQD-
Yuichiro Hosokawa
<Vol.5>
フゥフ(ファズ)
<モデル発表日>
2006年後半から2007年初頭
<イントロダクション>
ブランドの創始者であるジェイミー・スティルマンにEQDペダルの開発秘話やオススメの使い方などを紹介してもらいながら、エフェクター研究家である細川雄一郎(CULT)のレビューを通して製品の魅力を紹介していく連載『Pedal of the Month -月刊EQD-』。第4回目に紹介するペダルは、EQDを象徴する大ヒット・ペダルの“フゥフ”(ファズ)です。
細川雄一郎(CULT)
世界的にその名を知られる国内屈指のエフェクター蒐集家であり、多種多様なエフェクターを取り扱うペダル・ショップCULTを主宰する細川雄一郎。エフェクターに無償の愛を注ぎ続ける彼にEQDのペダルはどのように映っているのでしょうか?
“ヤンチャ”なファズ・サウンドを宿した
シリコン&ゲルマのハイブリッド・ペダル
突然の告白で驚かれるかもしれませんが、実は私はビッグマフのことが好きです。いや、私だけでなく、きっとこの連載を読んでいる読者の皆さんも好きなはずです。あのポップでアイコニックな外観と、それに相反する轟音。ギターでいうとレス・ポールやストラト、アンプでいうとデラックス・リバーブや1959と同じように、ビッグマフにも長い歴史があり、ひとつのカテゴリーを作れる名器であると思います。実際、ビッグマフ系なるファズ・ペダルは世の中に多くあり、度を超えると本家に訴えられたりもしています。
今回紹介するのは、そんなビッグマフを発展させ、EQD独自の風味をぶっかけまくった1台、その名も“フゥフ(Hoof)”です。動物のヒヅメを意味する言葉ですね。ちなみに、本場で聞いた発音をカタカナにすると“ホォウフ”でした。意識の高い皆さんは、ぜひ“ホォウフ”と呼んでください。
フゥフはEQDの活動初期にヒットしたペダルです。フゥフが初めて日本の楽器店に並び始めた2008年ごろの話。当時は今のような忌々しいSNSはほとんどなく、世の中の人々はまだmixi(※日本で生まれた古代のSNS)に夢中になっていました。情報は氾濫しておらず、海外のブティック・ペダル・シーンにはまだ謎が多く残されており、それが魅力的にも見えていたように思います。
そんな謎多きブティック・ペダルブランドが次々と日本に輸入され始め、にわかにブティック・ペダルブームが起こり始めていた最中、私はいつも見ていた古き良きブログで、ゲルマニウム・トランジスタとシリコン・トランジスタの両方を使ったビッグマフ系のファズが日本に入ってきたという情報を掴み、楽器屋のショウケースの前でガラス越しにその物体と遭遇したのです。それが私とフゥフとの出会いでした。
「ビッグマフにゲルマを使ったらどうなるんだろう?」、「なんでシリコンとゲルマのハイブリッドなんだろう?」、「てか、ゲルマってなんなん?」────ファズ・ジャンキーだった私の頭には、フゥフを巡るさまざまな疑問が浮かび、夜も8時間しか眠れませんでした。
念願叶ってフゥフを実際に試してみると、「ローが太い……!」、「ゲルマとか関係なく、普通に良い音...!!」という第一印象を抱きました。そう、ローが太いという特徴があれど、普遍的な素晴らしさを備えたファズ/ディストーション、それがフゥフなのです。
コントロール類はVolume、Sustain、Tone、Shiftの4つ。Volumeは音量、Sustainは歪み量、Toneは音色の明さを調整する、基本的なコントロールです。残るShiftコントロールは、Toneコントロールが効く幅を決めるようなもの。時計まわり方向にノブを回していくと、特に高域側のトーンの効きが強くなっていきます。大体2時方向にすることでヴィンテージのビッグマフに近いToneコントローラーの効きとなり、個人的にはそのセッティングで使うのが好きです。
もともとはアーミーグリーン期のロシア製ビッグマフからインスピレーションを得て生まれた機種とのことですが、意識しなければアーミーグリーンを感じることはあまりないかもしれません。低域の強さ、歪みの直進性にはアーミーグリーンをわずかに感じますが、それよりも普遍的な魅力を持った“優れたビッグマフ系のファズ”というイメージのほうが先行して感じます。押さえるところは押さえつつもちゃんとヤンチャであり、4つのコントロールが作る守備範囲が広い、でもヤンチャ。そう、ちゃんとヤンチャしてくれないとビッグマフ系じゃないんすわ。でも抑えるところは抑えて欲しいという、現代人のワガママな要望にもお答えできるフゥフ、オヌヌメです
ジェイミー・スティルマン(EQD代表)
EQDの創立者であり、さまざまなバンドで演奏を楽しんでいるプレイヤーでもあるジェイミー・スティルマン。独創的なアイデアをペダルとして具現化させている彼に、フゥフの開発背景について語ってもらいました。
より広いレンジの歪みを求めて開発されたハイブリッド・ファズ
フゥフの開発に取り掛かったのは……2005年の後半、もしくは2006年初頭のことでした。設計の元になったのは、緑色のロシア製Big Muffです。ファズの質感が本当に良いペダルで、ものすごく歪むのに音に濁りがなく、とても音抜けが良い個体でした。フゥフのサウンドの方向性は、そのビッグマフをモチーフにしつつ、歪みのレンジをより広くしたペダルを目指して開発を進めていきました。言わば、オーバードライブのようなサウンドにもなりえる歪みペダルですね。
製品の開発に当たってさまざまなパーツを試した記憶がありますが、クリッピング回路にゲルマニウム・トランジスタを採用したのきっかけに少しずつ製品として形になっていきました。
初期モデルに関しては、手に入るさまざまなゲルマニウム・トランジスタを使っていましたが、その後、状態の良い2N1304トランジスタを大量に発注することで製品を安定して生産できる体制を整えることができました。やがて手持ちの2N1304が底を尽きると、その時に入手できるさスペックに合ったトランジスタを使うようになったのですが、私の記憶が正しければ……少しの期間だけNOS(New Old Stock)の2N647というトランジスタで作ったフゥフが、個人的には一番好きなサウンドでしたね。ちなみに現在は、安定して状態の良いトランジスタを入手できるNOSのロシアン・ゲルマニウムを使っています。
もうひとつ大切なスペックといえば、“Shiftコントロール”です。このコントロールは、プレイヤーの好みに合わせてミッド・レンジをブースト/カットができます。このコントロールは、シリアル・ナンバー350あたりで追加したのですが、正確な記録は残っていません。それからShiftを追加する過渡期の基板にShiftのトリムポットを付けたバージョンもありました。Shiftコントロールを追加したあとは、使用パーツの変更もなく今のスペックに落ち着いています。
フゥフに関してもう1点追記すると、初期のバージョンは大きな筐体でグラフィックはなく、テキストのみが印刷されていました。確か5台だけ生産しましたが、もしかするとそれ以上か、それ以下かもしれません。その後、グラフィックを追加したシリアル・ナンバー25までは大きな筐体、シリアル・ナンバー26からは現在と同じ小さな筐体に変更しました。そのほかに12台ほど上面がスラントしたクールな筐体、そして足が4本印刷された超珍しい一点物のDouble Hoofsが2〜3台ほど存在します。
フゥフという名前の由来に関しては、正直に言うとそれほど真剣に考えていなかったのですが……当時“Tusk”(牙)というファズがあったので“Hoof”(ひづめ)という製品は、ちょうど良いペアリングだと思いました。
ちなみにピックアップの出力によって、サウンドのキャラクターが違ってきます。どんな機材ともバッチリ合いますが、個人的にシングルコイルとの相性は抜群ですよ!
Jamie’s Favorite Settings
Fuzz:フル10
Tone:1時
Shift:10時
Level:9〜10時
このセッティングは、パリッと明るくて、抜けの良いヘヴィなディストーション・サウンドを作ることが可能です。しかもファズらしい十分な低音も得られるのでオススメです。
細川雄一郎(CULT)
大手楽器店にて約10年間、エフェクターの専任として勤務し、多くの著名なプロミュージシャンから信頼を集め、2016年に独立。並行して担当していた専門誌での連載コラム、各種ムック本などでの執筆活動を続けながら、ギターテックとしても活動。エフェクターのコレクターとしても世界に名を知られており、自身のエフェクター専門ウェブショップ“CULT”を2018年にオープンし、2020年には自身のコレクションに関する書籍『CULT of Pedals』を執筆、リットーミュージックより出版された。ペダル以外にハンバーガーをこよなく愛し、ハンバーガーに関する書籍などにも登場することがある。
尾藤雅哉
2005年にリットーミュージック『ギター・マガジン』編集部でキャリアをスタートし、2014年からは『ギター・マガジン』編集長、2019年には同誌プロデューサーを歴任。担当編集書籍として『アベフトシ / THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』、『CULT of Pedal』など。2021年に独立し、真島昌利『ROCK&ROLL RECORDER』、チバユウスケ『EVE OF DESTRUCTION』、古市コータロー『Heroes In My Life』の企画・編集を手がける。2024年には、コンテンツ・カンパニー“BITTERS.inc”を設立。
西槇太一
1980年東京生まれ。8年間ほどミュージシャンのマネージメント経験を経て、フォトグラファーに転身。スタジアムからライブハウスまで、さまざまなアーティストのライブで巻き起こる熱狂の瞬間を記録した写真の数々は、多方面から大きな支持を集めている。またミュージシャンの宣材写真やCDを始めとする音楽作品のジャケット、さらには楽器メーカーの製品写真の撮影なども手がけるなど、音楽シーンを中心に精力的に活動中。また自身のライフワークとして撮り続けている“家族写真”にスポットを当てた個展も不定期に開催している。